清水脩は1911年大阪生まれ。はじめフランス語を学びましたが、その後東京音楽学校(現在の東京芸術大学音楽学部)に入学し、作曲を学びました。1939年に『花に寄せたる舞踏組曲』で音楽コンクール第1位を受賞、作曲家として本格的な活動をはじめます。
太平洋戦争中は歌曲を創作の中心とし、『在りし日の歌』(中原中也・詩)や『抒情小曲集』(室生犀星・詩)が代表作として知られています。
戦後、全日本合唱連盟の設立に参加。自作の「秋のピエロ」が第1回全日本合唱コンクール(1948年)の課題曲となって好評を博したこともあり、合唱の創作に力を傾けることとなります。また、1964年には全日本合唱連盟の理事長に就任しています。
こうして清水は数多くの合唱曲を発表し、それらは演奏会やコンクールで取り上げられました。合唱以外ではオペラ『修善寺物語』(1954年)が高く評価され、日本人によるオペラの代表作の1つに数えられています。
清水脩の合唱曲は、(1)オリジナルの作品、(2)民謡・わらべうたを素材としたもの、(3)仏教賛歌の、大きく3つに分かれます。特に仏教関係の作品が大きな特徴と言えるでしょう。大中恩や中田喜直も仏教関係の作品をいくつか書いていますが、量においては清水が第一人者と呼べるでしょう。
文化史がほとんど仏教史と重なる日本で、仏教に関連した合唱曲があまり書かれていないというのは、皮肉といえば皮肉です。
「清水脩・合唱曲全集」は、清水が社長をしていたカワイ楽譜から刊行されていました。しかし同社が倒産、音楽之友社があとを引き継いで21巻まで発売されました。これで全巻完結かどうかわかりませんが(仏教賛歌がまだ残っているように思います)、個人の合唱曲全集ということで、国内では例を見ない企画でしょう。
ただ、さすがに最近では売れ行きがよくないのか、現在では第1巻と第3巻が「清水脩・合唱曲集」として市販されているものの、その他の巻は受注生産によるオンデマンド出版という扱いになっており10部以上まとめてでないと注文できないため、個人が店頭で入手するには敷居が高いようです。しかしそれらの巻にも、今後歌い継がれていってほしい作品がいろいろと収録されています。
今後の復活を期待し、「清水脩・合唱曲全集」の内容を紹介していきたいと思います。なお作品名などの表記は、楽譜に基づいています。
*(M)=男声合唱,(F)=女声合唱,(G)=混声合唱
この文書群は、もともとEnigma氏が作成・編集していたコンテンツを、2004年4月より 関 耕一朗 が引き継いで更新しているものです。
清水脩氏の経歴・生涯や、清水作品の演奏履歴などについては、加藤直樹氏による「清水脩 データベース」を参照ください。